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副住職日記

2018/09/01

「自分の名前」

お坊さんアルアルと言いますか、周りのお坊さんには確認していないので、正確には私個人が最近常々感じている不思議な話を開陳します。
 
ここ数年、お札の名前が読めなくなってきている、という話です。
私達はお盆やお彼岸、年末年始などに卒塔婆(そとうば)や、お札をお渡しする前に、施主の名前を読み上げて仏様にお伝えします。
毎年やっている恒例なのですが、最近モゴモゴしたり少し考えてしまう時が増えてきました。
老化かな、でも文字は見えているし。
記憶力や思考力が低下しているのかな。
もしかしたら集中力が足りない?!
色々と原因を考えてみたのですが、的を得ません。
ある時、何気なく本を読んでいると、求める答えがありました。
 
最近は、書いた通り読まない名前が流行りのようで、
巷では、キラキラネームやDQN(ドキュン)ネームと言われるようです。
 
例えば、ですが。みなさん。
読めますか?
星姫ちゃん(ティアラ)
本気くん(まじ)
例題のご芳名はサイトから借用しましたが、程度の差はあれ、バシバシ読み上げに出てくるようになりました。
よく名前は時代を反映するものだといわれます。
書いた通り読まない名前、洋風な音を漢字に当てた名前の流行に国際化の一端が垣間みれます。
 
お寺には過去帳というものが存在し、檀家さん先祖代々の名前を記した帳面が存在します。
手近にあった過去帳をパラパラめくってみると、古い方では明治生まれの方のお名前などが出てきます。
明治、大正、昭和と色々な方のお名前を拝見していると、時代によって様々なお名前があり、そのお名前はご両親やご家族が色々な想いを込めて命名したものなのだと改めて感じとれます。
自分の名前が大好き!という方も当然いらっしゃいますが、もっとカッコいい名前にして欲しかったと嘆く年頃の子の話も聞きます。
しかし、どのような名前であれ、ご両親は生まれてきた子供の未来を見据え、健やかな成長を願って命名しています。
 
忙しく、厳しい日常の中で心がすり減ってくると、どうしても自己否定をしてしまったり自分を肯定してあげられなくなります。ともすれば自分の存在価値に疑問を抱くこともあるかもしれません。
そのような時、普段何気なく使っている自分のお名前、そこに込められた意味に改めて想いを馳せ、感謝することは自分を肯定してあげる事に繋がります。
ご自身のお名前を大切にする事は、自分を大切にする事と同じです。
 
9月は秋彼岸です。お墓詣りの為、帰省するという方もいることでしょう。
もし、ご両親に自分の名前の由来を聞いたことがなければ聞いてみましょう。
もし、お子さんに名前の由来を話したことがなければ話してあげましょう。
墓誌に刻まれるご先祖様のお名前を見ながら、ご先祖様のお話しをするのも良いかもしれません。
ぜひ、お彼岸はご自分のお名前を振り返り、さらに磨き上げる機会にして頂ければと思います。
 
余談ですが、仏教史史上もっとも強烈な名前にラーフラ、日本語では羅睺羅(らごら)という方がいます。
この方は後にお釈迦様の十大弟子の一人として名を残す程の立派なかたです。
ラーフラとは「障碍(しょうげ)、さまたげ」という意味です。
端的に言えば「邪魔者」という名前。
これはドキュン!としますね。
さらに彼の父親は息子が生まれた時、「私にはラーフラ(妨げ)が生じた」と言って、それを名前にし、数日後に忽然と蒸発してしまいます。
そして数年後、当然現れラーフラを説得し家出をさせてしまうという、なかなか凄まじい父親を持つ生い立ちです。
仏弟子には様々な生い立ちがありますが、ラーフラほど強烈なものはないのではないかと。
私は尊敬しています。鉄の心臓ラーフラさん。
でもラーフラのお父さんも凄いです。ブレません。
ブレない男で有名なお父さん。鉄の心臓ラーフラさん。
どちらも尊敬しています。
お父さんが気になった方は「ラーフラ 父」で検索を。

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