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妙福寺あれこれ

2018/06/01

「上野動物園でクマった噺」

食卓に並ぶ様々な食材達。
この食材一つ一つには様々なストーリーがあります。
例えばお米。コメ作り八十八手という言葉がありますが、農家の方が手間暇かけて育て収穫し、そして私たちの手元に届くまでも多くの人々の手が関わる事によって美味しく頂けると言います。
 
私たちが普段何気なく頂いている食材に思いを馳せ、正確なルーツなんか分からないかもしれませんが、そこへ関わったであろう多くの方々へ感謝をする、その気持ちの表れが「いただきます」ですね。
改めて素晴らしい言葉だと感じます。
 
先日、息子と上野動物園へパンダの親子目当に出かけてきました。
平日でしたが、整理券を待つ人、人、人。
私たちの見学順番まで3時間程ありましたので、その間に普段目にしない多くの動物達を見て周る事ができました。数多ある動物ゾーンの中で私自身の最大の目当ては「クマたちの丘」
その中でも私の心を掴んで離さないのは「エゾヒグマ」です。
日本最大の陸上生物だと言われるヒグマに、昔から並々ならぬ憧れと畏敬の念があり、私を謙虚にさせてくれる存在です。
 
今まで「生まれ変わったら、どのような職業につきたいか?」といった質問に対して「やはりお坊さんですかね」と答えてきましたが、白状します。私は昔から「マタギ」に憧れがあり、生まれ変わったら「マタギ」になりたいと心底思っています。しかもヒグマ専門の。
僧侶がヒグマ猟師に憧れる、というと「なんと殺生なぁ〜」と思われるかもしれませんが、私は本気の猟師程、命に対して敬意を払っている人はいないのではないかと考えています。
少なくとも私が昔から憧れている、久保敏治氏の背中は自分で仕留めた命に責任を持ち、命の恩恵を最大限に活かし、感謝をして生きていました。
 
趣味や快楽のためでもなく、生きるために命をいただき、素早く自ら解体し、全ての部位を無駄にする事なく、そして最高の形で食したり、人に譲る。この一連の行動に私は生命への敬意を感じます。
全く肉を食べません。という人はピンとこないかもしれませんが、多くの方は様々な形でお肉を頂きます。
スーパーに並ぶパッケージされたお肉、お惣菜としての調理済みお肉、など様々です。
私たちは、命が私たちの命になるまでの、多くの過程をすっ飛ばして生活しています。
危険な事、汚い事、辛い事など、すっ飛ばしている分、どうしても無自覚に食べてしまいがちです。
仏教では山川草木に命があると考えますから、それは野菜でも穀物でも同じです。
 
私は、皆が皆「その命が姿形を変える過程」を知る必要はないと思いますが、その過程を意識して感謝をする事はとても大切な事だと思っています。毎食は無理でも、少しゆっくり食事が出来る時、特別な日などに食材に思いを馳せる。
それだけでも命を大切にする事になりますし、その命を頂いている自分を大切に思う事ができるのではないかと、そんな事を久しぶりに考えながら、ランチは有楽町界隈で大盛り焼肉を食べましたとさ。シャンシャン。

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