武州に生まれ、当山24世となって祖師堂を建立し、のち小西檀林135世となり、天明2年(1782年)に没した日宣上人の墓。加戸村(館山市稲)に生まれ小西檀林の講師を務めた後、50年間当山の住職を務め、その間に金200両を寄付して中興の祖といわれた25世日塔上人(天保2年=1831年没)の墓。その弟子で北条村に生まれ、小西・飯高両檀林の玄義を務め、寛政10年(1798年)に23歳で没した日京法師の墓などがある。
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